安全・事故や疎外感(孤立感)への懸念を理由に、昼休みのサッカーなどスポーツ活動を全面的に禁止した小学校が全国で5%(312校)に達し、過去14年間で全国の中・高等学校の運動部3校に1校(約2200部)が、音も立てずに解散した。未来の国家代表の供給源となるべきユースサッカーの生態系そのものが、丸ごと消失しつつあるのだ。
今年4月、あるインターネットコミュニティに投稿された文章が波紋を呼んだ。小学校5年生の息子を持つある父親が、学校側から「安全・事故の懸念があるため、放課後の校庭でのサッカーなど体育活動を禁止する」という案内文を受け取ったという内容だった。この話を後輩に伝えると、彼は「うちの息子の学校も昼休みにだけ辛うじてサッカーができる状態で、野球は完全に禁止されている」と共感を示した。運動中に子どもが怪我をした場合、保護者から寄せられる激しい抗議を恐れるあまり、一部の学校は「スポーツの全面禁止」という極端な決定を下しているのだ。
学校の校庭が子どもたちから隔離される理由はこれだけではない。私の甥たちが通っていた、小・中・高が同じ財団に属する学校では、高校生の試験期間になると小学校の校庭の使用が全面的に制限された。子どもたちの騒音が試験の妨げになるという理由だった。最近では、近隣のマンション住民が「子どもたちの騒音のせいで資産価値(マンション価格)が下がる」と苦情を入れ、運動会そのものを中止する小学校も続々と増えている。
こうした現実は小学校だけの問題ではない。韓国スポーツの生命線であり、ユースの有望株発掘を担ってきた中・高等学校の運動部もまた、急速に姿を消している。人口減少で選手集め自体が困難になっている上、様々な苦情やトラブルが学校の大きな負担になっているためだ。現場の教師たちは「運動部の生徒が大会参加などで授業を欠席しがちになり、学習環境に影響を及ぼしているのは事実」とし、「生徒間の葛藤や指導者の不正疑惑が浮上すれば、学校がすべての責任を負わなければならないため、いっそ運動部をなくした方がマシだという雰囲気だ」と口を揃える。https://news.livedoor.com/article/detail/31736597/
今日、韓国のユーススポーツは、もはや単なる趣味や教育の領域ではない。多くの家庭において、サッカーは大学進学やプロ選手としてのキャリアという未来のための「投資対象」となった。保護者たちが年間数千万ウォンにのぼる費用を覚悟する理由もここにある。彼らにとってユースクラブは、スポーツを学ぶ空間ではなく、熾烈な競争で遅れをとらないための「もう一つの受験機関」に近い。
このような環境の中で、保護者は次第に「投資家」のように振る舞うようになる。巨額の費用を支払っている分、試合への出場機会や指導方法に対して敏感になり、指導者は教育者というよりも「サービス提供者」として認識される。かつては運動部の監督の権威は絶対的だったが、今日では保護者と指導者の双方が不信感の中で互いを牽制し合う関係へと変化している。
こうした変化は、特定の個人の過ちというよりも、韓国社会全般に根ざした競争構造の産物である。韓国は長年、教育を受験競争の手段と見なしてきた。英語や数学がそうであったように、今や芸術や体育までもが受験とスペック(経歴づくり)のための道具にすぎない。サッカーもまた例外ではない。