1381年前の今日(645年7月10日)、乙巳(いっし)の変にて蘇我入鹿が暗殺された。
当時、女帝の皇極天皇をしのいで朝廷を意のままにしたのは、蘇我入鹿だ。その権勢は、聖徳太子の一族すら滅ぼすほどだった。
皇極天皇の子である中大兄皇子と盟友の中臣鎌足が、この専横を許さず、入鹿を討つ密計を練る。
決行の場は、朝鮮半島から使者を迎える朝廷の儀式。だが、放った刺客は恐怖に動けない。
しびれを切らした中大兄皇子が自ら物陰から飛び出し、入鹿に斬りつける。
斬られた入鹿は皇極天皇に「何の罪か」と訴える。だが女帝は答えず、静かに奥へ去った。残された入鹿はそのまま斬り殺される。
翌日、父の蝦夷も館に火を放って自害し、栄華を極めた蘇我の本家は滅びた。ここから、天皇を中心とする国づくり、大化の改新が動きだす。
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