(高市悲報)何故、自分は存在するのか?宇宙は存在するのか?👈こういう根源的な不安,疑問から逃れられない奴いる? [527893826]
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>>48 ソシュール言語学はどうや?
山や川、宇宙などは
その様に命名された瞬間に初めて
「意識の中に」存在が現れる
人間は言葉によって客観世界を
「切り刻む」「成形する」ことでのみ存在を認識している
言葉がない世界に存在するものは混沌であり、
それはなにでもないもの
経済肉体知能道徳に飽き足らず哲学的に優越性を示したいって、こうしてケンモメンはどこまで負け続けるのだろうな
>>75 BLEACHの志波海燕な
「心は体の中には無え 何かを考えるとき 誰かを想うとき そこに心が生まれるんだ もし世界に自分一人しか居なかったら心なんてのは何処にも無えんじゃねぇかな」
>>75 MGS5もそんなテーマだったような気がしないでもない
なぜってなんだっていう
なんか意味があると思ってんの?
無は無だから存在出来ないため
結果として有を生じてしまった
よって有は存在理由を持たない
無は他者の無い偏りのない状態
無でないことは偏りがある状態
つまり現宇宙なりの傾向がある
宇宙を超えて普遍ではなくとも
現宇宙での正しさはあるだろう
それは偏りであり整合ではない
>>58 独我論かな
これ自体は面白いし永井均なんかは世界クラスなのでは
こういうスレですらすっごい攻撃的で煽るような事しか言えない人ってどういう精神状態なん?
両親の性欲の結果 特に意味は無い
存在理由も無い その辺のダニやアリと同じ
「なにもない」という状態はただ一通りだけだが
「なにかがある」という状態は無数にありうる
したがって、後者の状態のほうが確率的に実現し易い
答えを見つけるのが目的じゃなくて考えるのが目的になってる時点でダメ
>>86 俺が一兆円持ってない確率より様々な方法で一兆円稼いだ確率の方が高いってことか?
>>86 これは同様に確からしいを前提にしないと成り立たないよね
無と有の存在と関係ないわ
>>84 自分も絡まれたけど、「逃れられない」んじゃない?
自分の人生に意味があってほしいという前提があるから屁理屈をこね回す
その偏見を捨ててしまえば、他のモノゴトと比べて格段自分が価値あるわけではないということが分かる
もしこの世界が俺の脳が作り出した幻想だとしたら
世界は常に俺の想像を超えることはないはずだ
しかし良くも悪くも世界は常に俺の想像を遥かに超えてくる
森羅万象を司る総理大臣とかな
だからきっと外側はあるんよ🥺
量子揺らぎで生まれた宇宙の構造の残りカスが俺ら
なので人生に意味もクソもない
>>52 俺は逆に光速でも数百億年かかる広さの宇宙の数%でも理解してるってので割とイケるんじゃないかと思うな
宇宙の全地域を目視するとかは無理だろうが宇宙も間違いなくなんらかの法則に従ってるわけだからいずれ解析出来るんじゃないか
>>102 人間が把握してるのは宇宙の3%だけ だっけ
あれ適当にいってんじゃないの 3%も理解してるとは思えんよな 0.00000001%ぐらいじゃねーのか
あと宇宙の膨張早すぎて無理っぽいよ、今この瞬間も観測できる宇宙の範囲は狭まってるし星と星との距離はどんどん広くなるから全員ぼっちになる
>>104 エネルギー密度としては5%
27%がダークマター(存在することは確実)
残りがダークエネルギー(真空エネルギー的な何か)
>>104 しかも宇宙ってほとんど無限にあるんだろ?
もう何も知らないに等しいよな
>>105 何でもダークダークってダークってつけるのほんとなんなんだろね
>>106 最近だと天の川銀河がボイド内にあるとか、今の宇宙がブラックホールの中にあるなんて説も出て来てるしなあ 観測技術がちょい上がったら余計に謎が深まってる
>>107 電磁相互作用しない(光で見えない)って意味でのdarkだから
日本語的な意味だとおかしく感じるだけ
>>104 そもそも観測不可能な領域があるんだっけ
光の速度の関係とか宇宙の膨張速度やらの関係で
>>110 たぶん ほぼ観測できない って表現の方が適切な気がする
宇宙は存在はするだろ
その存在に意味があるのかは知らんけど
存在、実存の不安、そこからの生死の疑問ってのは人間が昔からとらわれてきたものであって人間の知性では答えが出ないものでもあるから
だからその答えを宗教にあずけるってことだったんだけど
>>110 光速の制限で半径465億光年の球の内側しか観測できない
>>111 ほぼ、じゃなくて半径465億光年の球から外側は確実に観測できない
西洋がキリスト教から人間の知性合理性経験で世界や存在をとらえ直す!とやってきた近代以降にまたこの問題が出てくるようになって
光光光言うけど
人間が三原色の光で見てる地球の風景と
四限色を持つ鳥が見てる地球の風景は別物である
人間が見えないものを見てるのが動物であり
動物には見えてないものを見てるのが人間だ
>>113 小学校の時から宇宙に興味があってそういう分野に進んだ幼馴染が大学院で病んで
スピリチュアルにハマって古代文明とか言い出して、この前久々にあったらキリスト教信者になってたのなんか悲しかった
そもそも宇宙がどんだけ広かろうがあんま関係ないからな
見えてる範囲を完璧に計算式で記述できればその外側もおおよそ通じるだろうし
地球の隅々まで歩き回らなくても地球の大きさや物理法則は計算出来るってわけ
赤ちゃん自身の世界には自分という概念がないし
それ以外の概念もない
生理的な快・不快だけがある
視力を得ても目に映るもの全てがなんの意味も持たない混沌だが
しかしケンモジの人生でさえそこから始まっているし
まるで宇宙の熱的死の反対みたいだ
ユクスキュル『生物にとっての世界』の
有名な画像。
動物ごとの視覚世界の画像だが暗いところにある本棚やテーブルは主体にとっては意味が無い(因果関係を持たない)のでそれとしての存在としては
現れてこない
https://i.imgur.com/cWMMB3r.png 考えても分からないのに
毎日必死に考えても無駄だろ
自分がここにいるからここにいるんだよ
だから「自分が生きているのは先祖のおかげ!」とか言う奴は嫌い
先祖がお前を産みたくて頑張ったわけではないからね
なぜAという人物の目を通してだけ世界を見ることができるのか?
なぜ私はAであって、BやCやXではないのか?
こういう非対称性の問題だよな
本当はもっと考えないといけないことがあるのにそれを考えることから逃げてるのでは?
>>104 どんだけ理解してるかわかるってことは全体も把握してるってことだよね
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